クロガネ・ジェネシス

第17話 それぞれのその後
第18話 火乃木とシャロンの料理
第19話 クッキングバトル
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第ニ章 アルテノス蹂 躙じゅうりん

第18話
火乃木とシャロンの料理



 エルノクは5つの島で構成された海上国家である。
 2つは東と西に1つずつ存在している石島。もう2つはエルノクと南北の国を結ぶ港町。零児達がいるアルテノスはその4つの真ん中に位置している。5つの島は全て海龍《シー・ドラゴン》によって移動するのがエルノクの特徴だ。
 北の港町より今海龍《シー・ドラゴン》による定期便に乗ってアルテノスを目指す2人の人物がいた。その2人は海龍《シー・ドラゴン》の背中を眺めながら船の甲板で自分達が向かうアルテノスがある方向を眺めている。
 1人はジーンズ姿でブーツを履き、黒のトレンチコートを着た男だ。先端が尖っているテンガロンハットを目深に被っている細身で長身のその体には中々似合うコーディネートだ。しかし、口元には頬全体を覆うように包帯を巻いている。普通のマスクでは隠すべきところが隠し切れないからだろう。そのために、しっかりコーディネートされた服装は格好よさよりも怪しさを引き立たせてしまっている。
 彼は甲板の手すりにもたれ掛かり、海を眺めていた。
「あとどれくらいでつくんだったか?」
「ラーグ……まだ乗ったばかりだよ」
「わかってるけどよ……。お前だって早く暴れたいと思っているんだろう? ダリア」
「ま、気持ちはわかるけどね」
 ラーグと呼ばれた男のすぐ横にはもう1人の男がいた。ラーグと同様、やや細身の男だが、その容姿は少年のような幼さを残している。服装は黒スーツにネクタイと言う紳士的な格好をしている。長髪で、長い髪の毛は後頭部で縛っている。
 ラーグの表情は読めないが、その口調はやや興奮していることがわかる。まるではしゃぐ子供のように。
「やっと……俺達亜人の時代が来るんだ。もっと興奮してもいいんじゃないか?」
「ボクはラーグみたいに、そういうのを表に出さないだけだよ」
 ダリアはあくまで冷静にそう告げる。
「ま、到着まであと2週間はかかるから黙って待ってようよ」
「待ちきれねぇな……」
「おいお前ら!」
 そこにもう1人別の男が現れる。上から下まで全身黒ずくめで、左腕には赤い布を巻いている男だ。その上から黒いマントを羽織っており、右手にはこれまた赤い布で刃を包んだ大きな鎌のようなものを持っている。右頬には大きなアザがあり、髪の毛は肩口で切り揃えられている。さらに右目が茶色で、左目の色が赤いオッドアイだった。
 その男はトレテスタ山脈の前で、零児に再会した男ジストだった。自らを零児に殺されたと主張している男だ。
「勝手に歩き回るんじゃねぇ」
 ジストはドスの聞いた声で2人に言い放つ。
「いいじゃないですかジストさん。船の中を見学するくらい」
「そうだ。ここまで来て一々行動を制限されちゃあ、息が詰まっちまうぜ。大体だ……」
 ラーグは手すりから離れジストを睨み据える。
「何で人間のお前に、俺達亜人に対する発言権があるんだ? お前は俺達のお袋のなんなんだ?」
 ジストは無表情のまま、ラーグに答える。
「俺はある男を殺したいために動いている。そして俺とヘレネはそれぞれ異なる目的のために手を組んでいる同志といったところか。まあ、奴も零児の姿を1度見ておきたいらしいから、今回は様子を見るだけだ」
「それなら、お前に俺の行動を制限される言われはないはずだぜ?」
「お前達は血の気が激しいからな。下手に行動して目立つようなことはなるべく避けたいんだよ」
「それなら心配には及びませんよ」
 そこでダリアが口を挟む。ラーグとジストはダリアへと視線を注いだ。
「僕がついてるわけですしね。こんな所で目立っては、アルテノスまでたどり着けなくなる可能性くらいはちゃんと考慮に入れてます。暴れるのは、あくまでレジーのゴーサインが出てからにしますよ」
「お前もなんだかんだで血の気が激しいからな……。まあ信じてやるさ」
「ありがとうございます」
 ダリアは深々と頭を下げ、ジストは船内に戻っていった。
 ラーグはダリアに視線を向けて口を開く。
「お前……本当にあと2週間我慢できるのか?」
「ラーグと一緒にしないでよ。我慢できるよ」
「そうか。だが、その顔じゃあ、説得力ねえからな。俺からお前に殺すなと注意するのもおかしな話だが、もう少しポーカーフェイスができるようになったほうがいい」
 ダリアの表情はやや引きつっていた。それは笑顔のようにも見え、無邪気のようにも見え、そして残忍なようにも見えた。

 武大会が終わり、アルトネールとギンを救出してから2週間が経った。
 アルテノスには騎士養成学園が存在し、その分野は大きく分けて4つに分けられる。
 剣術を主体にした剣騎士《ソード・ナイト》。
 召喚魔術を学ぶための召喚騎士《サモン・ナイト》。
 魔術と剣術を総合的に学ぶ魔術騎士《ルーン・ナイト》。
 そして、竜《ドラゴン》を駆る騎士を育成する竜騎士《ドラゴン・ナイト》だ。
 レットスティールによって無事左手の義手を手に入れた零児は、1ヶ月の間、騎士養成学校の竜騎士《ドラゴン・ナイト》学科に通わなければならない。
 アルテノス武大会に優勝した零児は、その竜騎士《ドラゴン・ナイト》になるための最短カリキュラムを受講する権利が与えられているためだ。
 が、最短とは言っても実技試験が免除になっただけで、覚えるべきことは山のようにある。実技試験が免除されている理由は武大会の優勝商品であるセルガーナ、シェヴァがすでに零児の手元にあるからだ。
 実技が必要なのは、自分の竜《ドラゴン》を持たない者が、今後新たな竜《ドラゴン》を自らの手足として操れるようになるためだ。すでにセルガーナを手に入れている零児には必要ない。
 が、その代わり知識として詰め込まなければならないことはかなりたくさんある。竜《ドラゴン》の手なづけ方、飛行龍《スカイ・ドラゴン》の種類、手綱による竜《ドラゴン》の基本的なコントロール方法などだ。
 そして、この日も零児は騎士養成学園に通い、心身ともに疲れ果てて、グリネイド家の屋敷に帰ってきていた。
 グリネイド家の屋敷、零児に割り当てられた部屋。四角いテーブルとイスにベッド、緑を基調としたじゅうたんと言うシンプルな部屋だ。そのベッドで零児は右手を額に乗せてぐったりしている。
「ううう……つ、疲れた……」
 僅《わず》かに頭痛がする。この2週間頭に知識を詰め込むこと以外のことを何もしていない。1ヶ月ということは、あと半分の2週間前後はこの生活を続けることになる。
 ――俺……体持つかな?
 一抹の不安を感じる。眠りたい衝動に駆られながらも、まずは夕食をとることが先決だと考えた。
 ベッドから起きあがり、自室を出て、食堂代わりの寝室へと向かった。

 食堂にはすでに仲間達が集まっていた。グリネイド3姉妹に、3人の亜人。ネルとシャロン。しかし、なぜか火乃木の姿だけが見あたらない。
 ――ということはあいつが料理を作ってるのか……。
 火乃木とシャロンがアルトネールに料理の弟子入りを志願して以来、食卓には火乃木とシャロンの料理が1日おきに出されるのが定番となっていた。
 どちらの料理にもいい点と悪い点がある。
 火乃木の料理は普通以上の味と普通未満の味の場合があり、おいしさが一定しない。一方シャロンの料理は普通に届くか届かないかというギリギリのラインで安定しているが、おいしいと素直に言える味ではない。
 つまり、どちらがおいしいとも言えないのだ。
 それ以来、食卓の場はどんな料理がでてくるかわからない為に戦々恐々とする場と化してしまっている。
 零児はなるべく小さい声で、隣に座っているアーネスカに話しかけた。
「なぁ、アーネスカ。いい加減やめさせた方がいいんじゃねぇか?」
「あたしもそう思うけど、アルト姉さんがやらせるっていって聞いてくれないのよ」
「あの人は優しすぎるな……」
 それから数分の間雑談をして過ごした。
「お待たせしました〜!」
 そして寝室の扉が開き、火乃木が現れた。料理を運ぶ台車と一緒に。その後ろには、執事のベンとメイドのリーズが控えている。
 全員が火乃木に集中する。今回はなんの料理を持ってきたのかと興味を注ぐ。もちろん、悪い意味で。
「今回はコーンクリームコロッケを作ってみました〜!」
 火乃木が大きな皿に乗せられた蓋を開ける。そこには、揚げたてのコーンクリームコロッケが(見た目は)おいしそうな姿で鎮座している。
「あら、今回は食べれそうね」
 アマロリットがそのコーンクリームコロッケを見て言う。だが重要なのは見た目ではなく味だ。もちろん見た目もある程度大事ではあるが。
 ――確かに割とおいしそうに見えるが……。
 零児は不安を感じざるを得ない。
 ベンとリーズが一口サイズのコーンクリームコロッケを2つずつ皿に取り分け、全員の席に置く。
「じゃあ、とりあえずいただきます」
 零児が先行してそう言い、続いてそれ以外の全員が「いただきます」と続く。
 零児が右手に持ったフォークでコーンクリームコロッケ突き刺し、をそのまま口に入れる。
「……」
 ――しょっぺ〜……。
『…………』
 全員が沈黙した。気まずい空気が食卓を支配する。その空気を少しでも緩和しようとギンが口を開いた。
「今回ははずれだな……」
 あまりにも虚《むな》しく響く一言。それに続いて全員が一斉に首を縦に振った。
「え、あ、あの、おいしくなかった?」
「自分で食ってみろよ……」
 戸惑う火乃木に、自ら食べるよう進言する零児。
 火乃木が自分で作ったコーンクリームコロッケを口に運ぶ。
「え〜割とおいしいと思うけどなぁ」
「お前は少し自分の味覚のおかしさを自覚した方がいい!」
「そ、そんなことないよ〜!」
 火乃木のコーンクリームコロッケはとてつもなくしょっぱかった。コーンの甘さもほとんど殺され、口の中に広がるのは塩辛さだけだった。おそらくホワイトソースに塩をたっぷり入れたのが原因ではないかと零児は予想する。しかし、なぜコーンクリームコロッケなどという難しい料理に挑戦したのか、その段階からして疑問がある。
 大体火乃木が初めて挑戦した料理は大抵失敗する。作り慣れていない料理を火乃木に作らせることが間違いなのだ。例え正しいレシピがあっても、火乃木はそれを塩辛くしてしまう。
「皆様。大変失礼いたしました」
 そこで、執事のベンが歩みでて頭を下げる。そして、台車に乗せられたもう1つの皿をテーブルに乗せて、蓋を開ける。
「こちらは、私《わたくし》が作ったコーンクリームコロッケでございます。どうぞ、お召し上がりください」
 ベンが出したコーンクリームコロッケもまたおいしそうだった。火乃木とシャロンが料理をし始めて、それがまずかった時のために、ベンがその料理の模範を出す。これも2週間続いていることだった。
 ベンによってそれが取り分けられ、全員がそのコーンクリームコロッケを注視する。
 そして、全員が安心してそのコーンクリームコロッケを口に運んだ。
 外側はサクサクの衣で、それに包まれたクリームは舌の上にとろけて広がる。コーンもきちんと入っており、ホワイトソースとコーンの食感が楽しい。同時にコーンの爽やかな甘みがプラスされ、形容しきれないおいしさが口いっぱいに広がる。
「こうだよな〜……こういう味がするんだよな〜コーンクリームコロッケって……」
 零児が遠い目をして語る。
『うんうん』
 全員が頷く。
 火乃木もそのコーンクリームコロッケを食べる。
「確かにおいしい……。でもちょっと塩分が……」
「だからお前は味覚音痴を自覚した方がいい!!」
 その日の夕食は結局ベンが作ったコーンクリームコロッケと、リーズが作ったミネストローネとバターロールとなった。
 火乃木はちょっぴり残念そうだった。

 翌日。
 朝食の席にて、リベンジに燃える火乃木の代わりにシャロンが別の料理を提示してきた。
 食卓に並ぶ新たな料理。それは山形食パンの上にベーコンと卵を乗せてオーブンで焼いたものだった。が、その見た目はお世辞にもおいしそうとは言えない。卵の上にベーコンを乗せて焼いたようだが、ベーコンには火が通り過ぎていてやや焦げている。そして、その焦げ目は食パンにも及び、若干炭になっている部分もある。卵の状態がどうなっているのか激しく気になるところだ。
「いただきます……」
 とりあえずシャロンの料理はマズイとは言えないレベルであることは知っている。流石に昨日の火乃木のコーンクリームコロッケほどまずくはあるまい。
 そう判断し、零児は率先して、そのトーストにかじりついた。
「お……?」
 零児がトーストを口にした感想を、その場に集まった全員が注目している。その期待に答えるように、零児が口を開いた。
「やはりというかなんというか……マズくはない」
 そう聞いてシャロンの表情が明るくなる。しかし、零児はあくまでマズくないと言っているだけだ。
「ベーコンには火を通しすぎ、食パンも若干焦げているが、卵はいい感じで半熟の状態だ。そこにベーコンの塩分がいい感じで絡んでいる。惜しむらくは、焦げている部分が味の良さを殺している所か。総合しておいしいとは言えないが、食えなくはないな」
 零児が述べた感想に期待し、アーネスカやネル、3人の亜人も次々とシャロンのトーストを口に運ぶ。
「なるほど、確かに……」
「食べられなくはないわね……」
 バゼルとアマロリットがそれぞれ感想を述べる。それは少なくとも、昨日の火乃木のコーンクリームコロッケよりはおいしいということになる。
 それを察し、シャロンは横目で火乃木を見つめた。その口元は薄く笑っていた。それに気づき、火乃木が抗議の声を上げる。
「ボ、ボクはまだ負けてないんだからね!」
「私のは食べてもらえた……」
「うるさいうるさいうるさ〜い!」
「お前がうるさい!」
 わめく火乃木に零児が渇を入れた。
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